2018年4月、映画プロデューサー、ソンウェイ氏と香港へ旅立つ。
KANSAIゾーンから日本を出る。
ピーチアビエーションだ・・・。

KANSAI(関西)というゾーンを闊歩すると、此処に独特のモダニズムを感じる。阪神間モダニズムは第二次世界大戦以前に阪神間・関西で栄えた文化的モダニズムの積載だ。其れらは歴史の中の際立った状況で在った。大戦前に在った此のユーロモダニズムムードは建造物等に今も残り、其の延長上にロシアンモダニズム・ハリストス聖堂等が建つ。其の為、一部の人々は関西の中に東欧を見るのだ。此れらの忘却と現存のモダニズムカルチャーは近年、関西モダニズムの名で世界的に注目されて居る。
しかし其れは過ぎ去った時代の遺構の外観で在り、今は其の残り香にサイバネティックス・カルチャーが縦横無尽に仕掛けられ、インフォメーション・スーパーハイウェイが、超超高速の列車群の様に行き交う。

関西空港ディスティネーション電車に搭乗。
KANSAI AIRPORTは、大阪とアジアをつなぐハイパーライド。
(あの日、・・・其れはこんなだった。) 
二年間の潜伏生活が終わり、TARUMI*IKAWADANI@KOBEゾーンを離れる日が来た。私は生活用品をよく購入した南京町や仕事用具仕入で世話になったNAMBAとの別れを、其の時になって寂しく思って居た。

『四月十九日、AM五時四十五分NAMBA発、南海線空港急行内一両目第三列シートで会おう』という連絡が入ったのだ。勿論此れは通称『東マレーシア映画社』のプレジデント(映画プロデューサー)からだ。プレジデントは何時も唐突だ。だが、私も随分と其れに慣れて来た。其処で私は、TARUMI*IKAWADANI@KOBEゾーンからJRに搭乗した。『神戸』『尼崎』『京橋』『天王寺』『難波』・・・・・ジャポンの旧国営鉄道JRでは、此のルートでNAMBAに到着する。九百万人が行交うメガゾーンだ。NAMBAビックカメラ傍カプセルホテルで出発迄を過ごす。こうしたジャポン独特の滞在施設はヴィム・ベンダース監督ニュージャーマンSF映画『夢の果て迄も』で世界に紹介された。ヨーロピアン美女ソルベイグ・ドマルタンがまるで迷路の様なカプセルホテル通路を彷徨った。此の様なモノを思い付くアーキテクトは世界でもジャポンにしか居ないだろう。

プレジデントは予定されたシートに居た。彼の隣に座った。

南海線はKANSAIエアポートに乗り入れ、・・・そして我々を乗せたエアクラフトは香港へ降り立つ。




香港は、映画の都だ。
かつては、『極東ハリウッド』とさえ呼ばれた。

香港映画を有名にした人々は、いろいろといますが、ほぼ、みんな納得するのは、
ブルース・リーでしょう。




いまも、映画ファンや映画プロデューサーをインスパイアしつづけているLEE。

そして、香港映画史屈指の大プロデューサーといえば、
ランラン・ショウ氏である。
ショウ氏は、慈善家で、教育推進家でもあった。
香港バプティスト大学
Hong Kong Baptist University (HKBU)
の校舎(Tower)なども寄贈している。



2018年4月の旅では、ショウ氏の歴史的映画スタジオBUILDINGを見た!



ショウ氏は、SHAW BROTHERS映画社の創立者である。

Shaw Bros.の製作本部長だった、レイモンド・チョウ氏が後に、80年代キッズを沸かせた、
ゴールデンハーベスト映画社をつくることになる。




香港映画の旅でした!