クリスチャンになる為に、最初から聖書の全てを理解する必要はありません。

聖書に書かれていることを全て信じないと、神から受け入れられないわけでもありません。

 

 

 

 

私自身、クリスチャンになった時にあったのは、文字通りからしの種ほどの、ほんのわずかな信じる気持ちだけでした。

聖書を読んでもいませんでした。理解できるとも思っていませんでした。

 

 

 

 

でも、ただ

 

 

 

「神様、信じさせてください。私の信仰を強めてください。」

 

 

と祈り続けました。

 

 

 

 

そんなわずかな信仰心という種に、神は毎日水をあげ、今もずっと、手塩をかけて育て続けてくれているのです。

 

 

 

つまり、成長させてくれるのも、導いてくれるのも、全ては神なのです。

 

 

 

 

私たちがすることは、ただ信じて捧げることだけです。

 

 

 

(ちなみに神への捧げ物とは、何かの前に置く供物ではありません。

神への祈りや、神に感謝の気持ちを伝えること、聖書を読むことや、困っている人を助けること、クリスチャンであれば伝道など、『神の喜ぶ行動をすること』『神と過ごす時間』が、神への捧げ物です。)