August 2020

ELVIS BERGUS
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アッパー熊本マコンドの名物料理は、宮崎駿ラーメンだ。

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つかうのは、塩ラーメン。

これに、べつに、玉ねぎ、カレー粉、けずりぶし、鶏肉、・・・を、
オリーブオイル、レモンでいためたトッピングをつくっておく。

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そして、ラーメンをカタメンにゆで、

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合体

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さいこうだ。

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さて、私は、現在、東義則ギャラリーの手伝いをしている。
アッパー熊本マコンドにある、アートギャラリーだ。
そこは、タヒチのゴーギャンのアトリエのようなところだ。

ギャラリーイメージキャラクターは、バーガスちゃん。

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今日は、当番で、ギャラリーのみんなに、トマトスパゲッティをつくった。

川での行水のあとは、料理がたのしい。
キャンパーライフだ。

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アートギャラリーに併設して、イタリアンレストランをひらく計画もある。

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それが、
アッパー熊本マコンド。

Jownmakc ヨシマックス、 アッパー熊本マコンドにて、
生活中。
ここは、ガブリエル・ガルシア・マルケスが描いたような、
ハイパーネイチャー。
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オフロードCARがよくにあう。 パジェロミニです。

わたし、Jownmakc (⇐ちなみに、北マケドニア語では、ヨシマックスのつづりは、こうなる)
は、北マケドニア共和国の漫画雑誌DEVETKAに、I'M KPを2018~2019と連載し、
東ヨーロッパ・バンドデシネ・プロフェッショナル作家活動をしていたのだが、
現在、スタジオのある、アッパー熊本マコンドに滞在中です。

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アッパー熊本マコンドは、まさに、ネイチャーライフのVILLAGE 。。。。。
オフロードCARで、川へ行き、風呂がわりに、川で行水する。

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原始的な生活のように、おもわれるかもしれないが、それは、最高の贅沢。
川で前身を洗うと、きもちよく、ごはんもうまい。

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この大いなる、アッパー熊本マコンドをながれる川では、
おいしい魚もとれるらしい。
こんな、川辺で、魚のわなをしかけて、漁をしている若者もいる。

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アッパー熊本マコンドは、アジアである。
そこでは、メコン川流域にひろがるような、
ライスフィールドもある。
だいぶ、そだってきている。

メコン川の人々は、その、ごはんのありがたさを、僕におしえてくれた。

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クリスチャンになる為に、最初から聖書の全てを理解する必要はありません。

聖書に書かれていることを全て信じないと、神から受け入れられないわけでもありません。

 

 

 

 

私自身、クリスチャンになった時にあったのは、文字通りからしの種ほどの、ほんのわずかな信じる気持ちだけでした。

聖書を読んでもいませんでした。理解できるとも思っていませんでした。

 

 

 

 

でも、ただ

 

 

 

「神様、信じさせてください。私の信仰を強めてください。」

 

 

と祈り続けました。

 

 

 

 

そんなわずかな信仰心という種に、神は毎日水をあげ、今もずっと、手塩をかけて育て続けてくれているのです。

 

 

 

つまり、成長させてくれるのも、導いてくれるのも、全ては神なのです。

 

 

 

 

私たちがすることは、ただ信じて捧げることだけです。

 

 

 

(ちなみに神への捧げ物とは、何かの前に置く供物ではありません。

神への祈りや、神に感謝の気持ちを伝えること、聖書を読むことや、困っている人を助けること、クリスチャンであれば伝道など、『神の喜ぶ行動をすること』『神と過ごす時間』が、神への捧げ物です。)

 

主は、イスラエルに対してこう言っています。

 

 

「お前が生まれた日、お前は嫌われて野に捨てられた。 しかし、わたしがお前の傍らを通って、お前が自分の血の中でもがいているのを見たとき、わたしは血まみれのお前に向かって、『生きよ』と言った。血まみれのお前に向かって、『生きよ』と言ったのだ。」

‭‭(エゼキエル書‬ ‭16:4-6)

 

 

 

「それなのに、お前はその美しさを頼みとし、自分の名声のゆえに姦淫を行った。お前は通りかかる者すべてにこびを売り、身をまかせた。 また、自分の着物の中から選び出して、華やかな床をしつらえ、その上で姦淫を行った。このようなことは、かつてなかったし、これからもあってはならないことだ。 お前はまた、わたしが与えた金銀の美しい品々を取って男の像を造り、それと姦淫を行った。」(‭‭エゼキエル書‬ ‭16:15-17‬‬)

 

 

 

「すべての四つ辻には高い所を設けて、お前の美しさを汚した。また、傍らを通るすべての者に両脚を広げ、姦淫を重ねた。 お前はまた、肉欲の強い隣国エジプト人たちと姦淫を行い、姦淫を重ねてわたしを怒らせた。」(‭‭エゼキエル書‬ ‭16:25-26‬‬)

 

 

 

私たちの創造の神である主は、自分の体を汚す行為である売春を罪としています。

 

 

それは

 

 

「あなたがたは、自分の体がキリストの体の一部だとは知らないのか。キリストの体の一部を娼婦の体の一部としてもよいのか。決してそうではない。 娼婦と交わる者はその女と一つの体となる、ということを知らないのですか。」(コリント Ⅰ‬ ‭6:15-16‬‬)

 

 

 

「しかし、みだらな行いをする者は、自分の体に対して罪を犯しているのです。 知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。」(‭‭コリント Ⅰ 6:18-19‬‬)

 

 

 

とあるように、私たちの体は神が宿る為の神殿であり、自分勝手な欲求を満たす為のものではないからです。

 

 

 

では、売春婦は神に嫌われ、神に許されることも、天国への行くことも許されないのかというと、全くそうではありません。

 

 

神は、罪を憎んで罪人を愛し、イエス・キリストがこの世に降り立ったのはそんな罪人を救う為だからです。

 

 

 

聖霊(神)を拒むというたった一つの罪を除いて、神に許せない罪はありません。

 

 

全人類を救う為に十字架にかかった神であるイエス・キリストを受け入れない、という罪以外、イエス・キリストの血で洗い流せない罪は無いのです。

 

 

 

幾度となく神に対して売春行為を繰り返したイスラエルは、もちろん神の裁きを受けました。神が預言者を通して何百年もの間、何度も「立ち返りなさい。さもなければ罰せられる」と警告したにも関わらず、一向に聞く耳を持たなかったからです。

 

 

しかし、神の怒りは、神の愛と違って永遠に続くことはありません。

 

 

「さあ、語り合おう。 おまえたちの罪のしみがどんなに頑固でも、 わたしはそれをきれいにし、 降ったばかりの雪のように真っ白にする。 たとい紅のような真っ赤なしみでも、 羊毛のように白くする。 喜んでわたしの助けを求め、 わたしに従いさえすれば、 おまえたちを富む者にしよう。」(イザヤ書‬ ‭1:18-19‬‬)

 

 

 

「その時、おまえたちの偶像礼拝と不信の罪をいやそう。 わたしの愛は尽きることがない。 わたしの怒りは永久に消え去った。 わたしは天からの露のようにイスラエルを潤すので、 イスラエルはゆりのように花を咲かせ、 レバノン杉のように土の中に深く根を張る。」(‭‭ホセア書‬ ‭14:4-6)

 

 

 

と、裁きの後、イスラエルの罪を全て取り去り、今現在も愛し続けるのです。

 

 

神は許しの神です。

 

 

人間のように、怒りや憎しみをずっと持ち続けるようなことはしません。

 

 

心から悔い改める人の罪は、全て取り去られ、忘れ去られるのです。

 

 

 

だから、どんな罪を犯した人でも、心から神の赦しを求め、イエスの血によってその罪を洗い流された人は、天国へと行くことができるのです。

タカクラは思った。

新約聖書によれば、預言者エリヤは、イエス・キリストの変容のときに、創造主なる神の起こす大いなる雲の中に、預言者モーシェとともに現れ、そして、また雲と共に天に消えた。それを使徒ピーターは見ていた。その様子は、バチカン・サン・ピエトロ大聖堂のエントランス近くに飾られたラファエロの名画『キリストの変容』に描かれている。

タカクラは、その絵が好きだった。

三位一体、父と子と聖霊、・・・主イエスはまばゆく変容し、ピーター(ピエトロ)の前で光り輝き、天地の創造主の子としての顕現をあらわした。

タカクラは思う。

それは、きっと、圧倒的な光景だったろう。

あまりのパワフルな光景だったろう・・・。

タカクラは、それを思うとき、なんとも言えない気持ちになるのだ。

その光景を見ることが出来たら、とおもう部分と、あまりの荘厳さと、おそれおおさと、入り混じるのだ。ラファエロの描いたものを見ながら、想像するのが自分には合っているのだ、とも思うのだった。


イエスは、ペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。見ると、モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合っていた。ペトロが口をはさんでイエスに言った。「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」ペトロがこう話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆った。すると、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。弟子たちはこれを聞いてひれ伏し、非常に恐れた。イエスは近づき、彼らに手を触れて言われた。「起きなさい。恐れることはない。」彼らが顔を上げて見ると、イエスのほかにはだれもいなかった。


マタイは、そう伝える。


ピエトロが、モーシェやエリヤと語り合うイエス(イェーシュア)を見る事は大切な出来事だった。

天と直接繋がる存在を見ることは・・・。


エリヤは、後継者エリシャの見ている前で、神の火の戦車とともに、つむじ風、おおいなる風に乗って天に去り、神の元に行った、・・・それ以後エリシャはエリヤを見なかったという。


この世界には、人間の創造を絶することが起きる。

われわれの想像力などを遥かに吹っ飛ばす、神の栄光が・・・。


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